光蓮寺|岐阜県可児市のお寺

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弥陀は夕日のその先に

弥陀は夕日のその先に

お彼岸に入り、お中日を過ぎました。天候にも恵まれて、例年よりたくさんの方々にお参りいただきました。
お彼岸といえば、夕日が真西に沈むのだと聴いたことがあります。

僕が講座をやっている五木寛之さんの小説「親鸞」の中で、次のような歌がありました。

親を思わば夕日を拝め、親は夕日の真ん中に
西の空見て南無阿弥陀、弥陀は夕日のその先に

これは、平安時代の流行歌である「今様」を模して作られた五木さんオリジナルの歌のようです。

阿弥陀経というお経の中には阿弥陀さまのお浄土は西の彼方にあると説かれています。しかし、この地球をずっと西に向かっても、また同じ場所に戻ってくるだけ。ということは小学生でも知っています。
では、お釈迦さまはなぜ「西」と言われたのでしょうか。

現代の日本のように、お仏壇もお墓もない古代インドでは方角というのはとても大切だったはずです。
そう。この「西」というのは、あえてお釈迦さまが指し示した目印のようなものです。

たしかに、美しく沈む太陽には、命の終わりを感じて、その向こうにお浄土という世界を思い描くような力がありますね。
最近、写真を録るのに凝っており夕日と名鉄広見線の車両を撮ってみました。
なんだか、夕日は切なさと暖かさをいっしょに感じさせます。

<span class="icon-user">この記事を書いた人<span>

五藤広海光蓮寺|僧侶
29歳。可児市の歌って喋るお坊さん!日々の法務の中、講座「五木寛之著『親鸞』をたのしく味わう』や「大切な人を亡くした人へ-やさしい法話会-」などを開催。仏教系音楽ユニット「あみださまがみてる」のボーカルとギターとしても活動中。
講演やライブのご依頼もお待ちしています。
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